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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)2979号 判決 1971年8月31日

原告

小出治子

被告

大野喬子

ほか一名

主文

被告らは連帯して原告に対し、金七五万四〇六六円およびこれに対する昭和四四年九月一日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告らの、各負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告らは連帯して原告に対し金二〇〇万円およびこれに対する昭和四四年九月一日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二、請求の趣旨に対する答弁

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三、請求の原因

一、(事故の発生)

原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)発生時 昭和四四年八月三一日午後一〇時三〇分頃

(二)発生地 東京都江戸川区中央二丁目二〇番地先交差点

(三)加害車(甲車)普通乗用自動車(足立五ら一五二九号)

運転者 被告 大野喬子

(四)被害車(乙車)軽自動二輪車(一足立か七八八六号)

運転者 訴外 柏原保則

被害者 原告(同乗中)

(五)態様 出分頭の衝突

即ち、本件事故現場は交通整理も行なわれていず、見通しの悪い交差点であつたので、訴外柏原は時速約三〇キロメートルに減速して通過しようとしたところ、被告大野は徐行することなく、左右から進行してくる車両に注意をはらうことなく進行したため、右交差点の中央付近で乙車に甲車が側突したものである。

(六)原告は、本件事故のため、顔面挫傷、左肘頭部骨折、両膝挫創、右下腿第三度熱傷の傷害を受け、昭和四四年八月三一日から同年九月一七日までおよび同月二二日から同年一〇月一四日まで京葉病院に入院し、同年九月一九日から同年一二月一六日まで同病院に通院して治療を受けたほか、同年九月二六日には東京警察病院でも診察を受けた。

(七)しかし、原告の右下腿部分には手のひら大以上の醜痕を残しており、これは、自賠法施行令別表等級の一四級四号に相当する。

二、(責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(一)被告国井は、甲車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

(二)被告大野は、事故発生につき、次のような過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。

即ち、被告大野は、交通整理の行なわれていず、しかも見通しの悪い交差点にあつては、

徐行し、必要に応じては一時停止するなどの措置をとり、左右から進行してくる車両の有無を確認し、危険を未然に防止すべき義務があるのに、これを怠り、漫然進行した過失があつた。

三、(損害)

(一)治療費等   金 三六万七二六五円

原告は本件事故で受けた傷害の治療のため、次のような出費を余儀なくされた。

1 治療費   金 三〇万五八二〇円

2 付添看護費   金 二万八〇〇〇円

3 入通院交通費   金 七〇〇〇円

4 諸雑費   金 二万六四四五円

(二)休業損害   金 二万四九二六円

原告は、事故当時訴外ライオン油脂株式会社に勤務していたが、本件事故による受傷治療のため休業を余儀なくされ、そのため、昭和四四年九、一〇、一一月の三ケ月、月金二二六五円宛減額され、また下期賞与金も金一万八一三一円減額され、合計二万四九二六円の損害を蒙つた。

(三)慰藉料   金 五〇〇万円

原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情および次のような諸事情に鑑み、金五〇〇万円が相当である。  即ち、原告の受けた傷害のうち顔面挫創および左肘頭部骨折は一応治癒しているが、口唇部は現在でも十分開かず、また左肘もまだ時折痛みを感じ、膝蓋部ははれて痛みが残つている。右下腿の傷は臀部の皮膚を移植手術し一応軽快したが、右下腿部分および臀部とも醜い痕を残している。そのため、盛夏でもスカートをはくことができず、ズボンで通す生活を余儀なくされている。若い未婚の女性にとつてこの精神的苦痛ははかり知れないものがある。そして、原告の両親も娘の結婚を考えるにつけ、その将来に対し限りない不安を覚え、その苦痛ははなはだしいものがある。そのような親のなげきを見るにつけ、原告は、なお一層の苦痛を感じるものである。

(四)損害の填補

原告は自賠保険金三〇万円を受領したので、これを右損害に充当する。

四、(結論)

よつて、被告らは原告に対し、各自金五〇八万四九九一円の支払義務があるところ、原告はそのうち金二〇〇万円および事故発生の日以後の日である昭和四四年九月一日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四、被告らの事実主張

一、(請求原因に対する認否)

第一項中(一)ないし(四)の事実ならびに(五)、(六)の事実中加害車が被害車に衝突した事および原告がこれにより傷害を負つたことはいずれも認めるが、事故態様は争い、その余の事実は不知。

第二項の事実中、被告国井が加害車を所有していることは認めるが、その余は争う。

第三項の事実は不知(ただし、原告が自賠保険金三〇万円を受領していることは認める。

)。

二、(事故態様に関する主張)

訴外柏原は、原告を後部座席に乗せて時速約四〇キロメートルで本件交差点にさしかかつた際交差点手前約二〇メートルの地点で左方から交差点に入るべく一時停止している被告大野運転の甲車のライトに気づいたが、自車の通過を待つていてくれるものと軽信し、若干減速したのみでそのまま進入したため、本件交差点中央付近で、発進した直後の甲車の右前部に、自車のハンドル付近を衝突させたものである。

三、(過失相殺)

原告は事故当時ヘルメツトもつけず、二輪車の後部座席に横向きに座つていたもので、これが原告の受傷の一因をなしているから、賠償額算定につきこれを斟酌すべきである。

また、前記のとおり、本件事故発生については訴外柏原の過失も寄与しているところ、原告は従来しばしば同訴外人の自動二輪車に同乗していたこと、本件事故の際も一たん自宅に送らせたうえ、格別用事もないのに同行を申し出て同乗し、本件現場に至つたことを考えると、右柏原の過失は被害者側の過失として、原告の賠償額算定につきこれを斟酌すべきである。仮りに、被害者側の過失とはいえないとしても、原告が同乗するに至つた経緯からすると、原告は格別の用事もないのに事故の危険性の高い二輪車への同乗を申入れているのであり、このことは事故に発展する倫理的ないし危険容認的要素を多分に有しているから、賠償額算定につき、これも十分斟酌すべきである。

第五、抗弁事実に対する原告の認否

原告に過失があつたとの点は否認する。

第六、証拠関係〔略〕

理由

一、(事故発生)

請求原因一の(一)ないし(四)の事実および甲車と乙車が出合頭に衝突し、そのため乙車に同乗中の原告が傷害を受けたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故により、口腔内、左肘関節部、両側膝関節部に挫創、左撓骨骨折、右下腿第三度熱傷を受け、昭和四四年八月三一日から同年九月一七日までおよび同月二二日から同年一〇月一四日まで東京都江戸川区東小松川三丁目所在の京葉病院に入院し、その後同年一二月一六日まで計一四日同病院に通院して治療を受けたほか、同年九月二六日には東京警察病院の診察を受けたこと、現在、骨折した左腕は屈曲には異常はないが、真直ぐには伸展しないこと、右膝下の傷痕はケロイド状で三センチメートル×二センチメートル、右膝上の傷痕は紫色を呈し二センチメートル×二センチメートルの大きさであること、右下腿後側の傷痕(熱傷)は二〇センチメートル×七センチメートルの大きさで、臀部の皮膚を移植したものの、その部分は辺縁に瘢痕が残つており、一方臀部にも一〇センチメートル×一八センチメートルの瘢痕が残つていること、医師からは右下腿後側の瘢痕については、これ以上の回復は困難であり、右膝部の傷痕については皮膚移植すれば少しは良くなるだろうが、安全に痕跡がなくなる程には回復しないだろうと診断されていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

そこで次に事故態様について判断するに、〔証拠略〕によれば、本件交差点は、千葉街道と京葉道路を結ぶ幅員一〇・二〇メートルの南北に走る道路と、東小松川五丁目方面から八蔵橋方面に通じる東西に走る幅員六・二〇ないし六・五五メートルの道路の交差しているところで、いずれの道路も歩車道の区別なく、コンクリート舗装になつていること、本件交差点は市街地内にあつて左右の見通しは悪いこと、また本件現場付近は、時速三〇キロメートルに速度制限されていること、東方からの同交差点の手前に一時停止の標識があること、被告大野は甲車を運転し、同交差点手前において標識にしたがい一時停止し、右方から南下するタクシーをやりすごし、もはや後続車はないものと軽信して発進し、交差点内に進入したこと、一方原告は訴外柏原運転の乙車後部座席に両足をそろえて右側に出し、横向の格好で座つていたこと、右柏原は本件交差点直前において、時速約四〇キロメートルで走行し、停止している甲車を見てそのまゝ直進できるものと考え、わずか減速したのみで交差点に進入したところ、甲車が発進し、交差点中央付近で、甲車の右前部と乙車の左側とが衝突し、乙車は横転して滑走し、塀にぶつかつて止まつたこと、その際原告は片足が乙車の下になつて倒れていたことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

二、(責任原因および過失相殺の主張について)

(一)右認定事実によると、甲車の運転者である被告大野は、本件事故につき自動車運転者として遵守すべき左右の見通しの悪い交差点において、設定されていた一時停止の標識にしたがつたものの、右方道路に注視不十分のまま、通行車はないものと軽信して、交差点に進入した過失を犯し、そのため本件事故を惹起しているのであるから、本件事故により原告の蒙つた損害を、民法七〇九条によつて賠償しなければならない。

また、運行供用者であることを認めて争わない被告国井も、運転者たる被告大野に右のような過失が認められる以上、免責される余地はなく、原告の蒙つた損害を自賠法三条によつて賠償しなければならない。

そして、被告らはその賠償責任を不真正連帯の関係において負担することになる。

(二)前記認定事実によると、訴外柏原も本件事故につき自動車運転者として遵守すべき左右の見通しの悪い、しかも事前にはどちらが優先関係にあるか明瞭でない交差点にあつては徐行しなければならない義務があるのに、制限速度を超えるスピードで交差点に進入した過失を犯し、そのため本件事故を惹起していることも認められるが、同人の過失を原告側の過失として斟酌すべき事情ないし原告の請求を全部認容することが公平に反するような事情を認めることができない。即ち、〔証拠略〕によれば、原告と右柏原は事故の約一年前に知合い、その後交際を続けていたこと、事故当日原告は錦糸町から自宅まで右柏原運転の乙車に同乗し、一たん自宅まで送つてもらつたが、柏原が友人のもめごとの話し合いに行くとの話を聞き、再び乙車に同乗し、本件現場にさしかかつたことが認められるが、右事実のみでは柏原の過失を被害者側の過失の範囲内にあるとは認め難く、また右事実のみでは原告の柏原への請求が制限されるとは認め難い以上、原告の本件請求を減額しなければ、信義公平に反するものと見ることもできず、右事実のほかには、柏原の過失が被害者原告側の過失と見得るような事情ないし、原告の本訴請求を減額しなければ信義公平に反するような事情を認めることのできる証拠はない。

また、前記認定の如く、原告は乙車に乗車するに際し、後部座席にまたがらず、右側に両足をそろえ、横向格好で乗つていたというのであるが、本件事故の態様、傷害の部位からすると、横向きで両足をそろえて乗車していたことの故による傷害が誘発したり、傷害の程度が増長したりしたとは認め難いから、その事実の故に過失相殺をするのは相当でない。被告らは原告のヘルメツトを被つていなかつたことを云々するが、本件事故の態様、傷害の部位からると、ヘルメツトを被つていても、本件傷害の結果は避けられないと判断されるから、この点の故に過失相殺するのも相当でない。この他、原告の行為そのものが、本件事故の発生ないし傷害の程度に影響を与えたと見得るような事情を認めることができない。

よつて、本件では過失相殺しない。

三、(損害)

(一)治療費等   金 三二万九一四〇円

〔証拠略〕によれば、原告は入・通院期間の治療費や診断書料として京葉病院に三〇万五三七五円を、東京警察病院の診察料として九四五円を各支出したこと、原告の入院期間中は原告の祖母が付添看護にあたり、原告はそのお礼として同女に二万五〇〇〇円を支払つたこと、しかし、原告が安静加療のため付添看護を必要と診断されたのは、九月二八日から一〇月七日までの一〇日間であること、原告は入院期間中の雑費や見舞客に対するお返し等のため一万九〇五五円を支出したこと、原告およびその家族の者は、病院への通院のためのタクシーを使用し、計七〇〇〇円を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

これによると、原告の支出したもののうち、本件事故と相当因果関係のある損害とみるべきものは次のとおりである。

1  治療費   金 三〇万六三二〇円

2  付添看護費    金 一万円

付添看護が必要と診断された一〇日間、一日当り金一〇〇〇円の割合による金一万円。

3  入院雑費・通院交通費   金 一万二八二〇円

原告の支出したもののうち見舞客への返礼部分は本件事故と相当因果関係ある損害とは見ることはできず、また原告の住所地と病院の所在地間の交通機関および原告の病状・通院回数からすると、原告およびその家族のタクシーによる通院部分すべてを本件事故と相当因果関係ある損害と見ることはできないが、原告が入院期間中日用品の購入・栄養食品購入等治療に伴う諸雑費の支払を余儀なくされることは容易に推測されるから、原告のこの点の支出のうち交通費として金四六二〇円、入院中の雑費として金八二〇〇円が本件事故と相当因果関係にある損害と見るべきである。

(二)休業損害   金 二万四九二六円

〔証拠略〕によれば、原告は当時ライオン油脂株式会社に勤めていたが,本件事故による受傷治療のため、昭和四四年九月二日から同年一一月一〇日までの間休業し、そのため同年九月から一一月まで毎月給与二二六五円を減額され、また同年下期賞与も一万八一三一円減額されたことが認められ、以上の認定に反する証拠はない。

(三)慰藉料   金 七〇万円

前記認定の本件後遺症状によると、原告の右膝上下には色素沈着ないしケロイド状の瘢痕が、左下腿後側および臀部に大きな瘢痕が遺り、将来回復の可能性は少ないというのであるから、これが若い女性に大きな精神的苦痛を与えているであろうことは容易に推測される。とくにそれが、未婚の女性である場合には尚更である。この点、〔証拠略〕によれば、原告は未婚で、傷痕を人に見られるのがいやで、事故後は夏でもスカートをはいたことはなく、常にズボンを着用し、風呂への回数も少なくなつたりしていること、原告は傷痕が見られることがいやなことと、従来の作業が立ち作業で傷に悪いとの考慮から、転職するにいたつていること、原告は本件事故以後、性格的にも淋しい子供になつたことが認められ、これは前記するところから、十分納得できるところである。これらの事情のほか、前記認定の本件事故の態様、治療期間・治療状況等諸般の事情を検討すると、原告が本件事故によつて蒙つた精神的損害は金七〇万円をもつて慰藉するのが相当である。

(四)損害の填補

原告が自賠保険金三〇万円を受領していることは当事者間に争いがない。

そこで、原告の本件事故による損害残額は金七五万四〇六六円となる。

四、(結論)

してみると、被告らは連帯して原告に対し、本件交通事故による損害賠償として金七五万四〇六六円およびこれに対する本件事故発生の日以後の日である昭和四四年九月一日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務があることは明らかで、原告の本訴請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を、各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中康久)

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